東京地方裁判所 昭和37年(ワ)4356号 判決 1963年4月03日
判 決
千葉県船橋市宮本町二丁目四六四番地
原告
金子英之助
同所
原告
金子和輝子
右両名訴訟代理人弁護士
川上義隆
同
須藤敬二
東京都江東区亀戸町六丁目一九〇番地
被告
大東肥料工業株式会社
右代表者代表取締役
伊藤孝
東京都江東区亀戸町六丁目一九二番地
被告
勝山幸雄
右両名訴訟代理人弁護士
中村源造
右当事者間の損害賠償請求訴訟事件について、つぎのとおり判決する。
主文
1 被告らは、各自、原告金子英之助に対し金八五一、〇三七円、原告金子和輝子に対し、金八五一、〇三七円及びそれぞれこれに対する昭和三四年八月二七日以降完済に至るまでの年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は、被告らの連帯負担とする。
3 この判決は、第一項にかぎり仮りに執行することができる。
事 実(省略)
理由
一、昭和三四年八月二六日午前一一時四五分ころ、江東区亀戸町一丁目一二八番地先亀戸駅前交叉点手前の路上において、訴外金子健二と被告勝山運転の被告車とが衝突し、よつて同訴外人が骨盤骨折の傷害を受け、翌二七日死亡したことは、原告らと被告会社との間では(証拠―省略)を総合してこれを確めることができ、原告らと被告勝山との間では争いがない。
二、1 自動車登録原簿上の被告車の所有名義人が被告会社であることは、当事者間に争いがなく、その成立について争いのない甲第一号証、同第三号証の添付写真によると、被告車について昭和三二年五月二三日付で、所有権者として被告会社が、その住所及び使用の本拠としていずれも被告会社の肩書住所がそれぞれ登録され、この登録事項は、本件事故発生当時においても変更がなく、被告車の車体には被告会社の商号が表示されていたことが認められ、この認定に反する証拠はない。そして、これらの事実に後記原告らが損害賠償責任保険の給付を受けたことについて当事者間に争いのない事実を合せ考えるときは、被告会社は、被告車の使用者として自己の名義で自動車検査証の交付を受け、かつ、自賠法第五条の規定による責任保険を締結したものと推認することができ、この認定に反する証拠もない。したがつて、被告会社は、一見、被告車を所有し、自らこれを使用しているかのように見えるのである。
2 しかし、(証拠―省略)を総合すると、被告勝山は、被告会社の先代社長から愛顧を受け、昭和二八年ころから自動三輪車一台を被告会社名義で所有し、これを使用して被告会社その他の飼肥料業の運搬の仕事を始めたが、昭和三二年五月ころ、被告車を代金三五万円で購入するに際し、同月六日被告会社から購入資金の内金一五万円を無利息で借り受け、担保の趣旨をもつて被告車の所有名義を被告会社として登録し、同年七月一日、同八月二日、同八月三一日及び同年一〇月七日の四回にわたつて右借受金の全部を返済したにもかかわらず、被告車の所有名義は依然被告会社のまま放置されてきていること、被告勝山は、本件事故発生当時、被告車の他に、自己名義で大型貨物自動車一台を所有し、従業員二名を使用し、二、三の得意先を相手に無免許ではあるが貨物運送業を営んでおり、被告車の自動車税、ガソリン代、責任保険料及び登録税等もすべて同被告が負担していたものであること、一方、被告会社は、自家用貨物自動車を所有せず、その貨物運送は、被告勝山にさせていたものであつて、昭和三三年一月から少くとも本件事故が発生したころまでの間、ほとんど連日にわたつてその貨物を運搬させ、被告会社が被告勝山に毎月支払う運賃名義の金額は、被告会社が運賃として支出する金額の大半を占めていたこと、被告会社と被告勝山の各住所は、各肩書のとおり近所であり、被告会社は、被告勝山が時たま被告会社の車庫や空地に被告車を置くことを黙認していたことが認められる。被告勝山は、被告会社の被用者であり、被告車は、被告会社の所有に属する旨の(書証―省略)の各記載部分は、前記認定の資料に供した各証拠に照して措信しがたく、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
3 してみると、被告車の実質的な所有者は、被告勝山であるというの外はないけれども、被告会社は、被告車の所有名義その他をとおして、被告勝山の被告車による運送業務に協同してきたもの、換言すれば、被告会社は、被告勝山がその運送業務のためにその所有にかかる被告車を運行の用に供することに協同してきたものであるというべく、かかる場合には、被告勝山についてはもちろん、被告会社についても自賠法第三条の適用上これを自己のために自動車を運行の用に供する者というを相当とする。
三、そうすると、被告らは、自賠法第三条但書の規定による免責事由を主張立証しないかぎり、本件事故によつて生じた損害を被害者に対して賠償すべき責を免れえないのである。
1 そこで先ず、被告車の運転者たる被告勝山の過失の有無について判断するに、(証拠―省略)を総合すると、本件事故が発生した前示道路は、車道幅二八、七米、コンクリート舗装の東西に一直線に通じる平坦な道路であるが、その中央やや北側寄りに路面電車(以下、都電という。)の複線軌道が設けられていて、その軌敷石の幅は五、六米であること、そして、衝突地点は都電亀戸駅前停留所であつて、軌道敷石の両側に幅各一、二米の安全地帯がその東端部に接して横断歩道がそれぞれ設けられていること、安全地帯の北側の車道幅は、五、〇六米であること、本件事故発生当時この停留所には西方の錦糸町方面から東方の小松川方面に向う都電が、その前面を横断歩道の外側(西側)の経に接する位置で停車し、これと平行してその南側に、約七米西方にずれた形で反対方向に向う都電が停車していたこと、訴外金子健二は、友人二名とともにこの西方に向う都電から南側の安全地帯に降り、北側の歩道に向つて横断歩道上を駈け出したものであること、被告勝山は被告車を運転して西方から東方に向い時速約三五粁の速度でこのこの停留所近くに差しかかつたが、西行きの都電が停車していることには気付かなかつたこと、そして、停留所北側を通過するころは時速約二〇粁に減速してやや安全地帯寄りの車道を進行し、前方交叉点の信号が進行信号を表示していたのでその儘通過しようとし、被告車の前部が東行の都電の前面と並んだころ、右前方から被告車の進路上に駈け出してくる訴外健二らを認め、急制動の措置をとつたこと、その結果、被告車は、その後輪が横断歩道の西側の線から五米の位置まで前進して停止した(したがつて、この距離と被告車の後輪から前面までの長さとの和が訴外人らを発見してから停車するまでの距離である。)が、停止する直前被告車の荷台右先端付近が同訴外人の右肩に衝突し、仰向けに転倒した訴外人の腹部に被告車の右後輪が乗りかかつて本件事故が発生したものであることが認められ、この認定に反する証拠はない。
かかる場合、自動車の運転者としては、自車の進路と反対方向に進方する都電が停留所で停車し、その後方に横断歩道があるうえ、自車の進路の右前方にも同方向に向う都電がその前面を横断歩道に接して停車しているため、横断歩道の大部分が見通せないばかりでなく、車道幅が狭くなつている都電の左側を通過しようとするときは、都電の降車客等が不用意にも自車の進路上に進出する事例がままあることに留意し、特に右前方の注視を厳にし、あらかじめ減速して、いつでも直ちに停車できるように徐行し、もつて事故の発生を未然に防止すべき注意義務があると解すべきであり、この義務は、進行信号にしたがつて進行する場合においても免れうるものではない。被告勝山は、前示のように、やや安全地帯寄りに時速約二〇粁の速度で、同方向に向う停車中の都電の左側に差しかかつた際、前示のような位置で停車した反対方向に向う都電を当然認識できた筈であるのに不注意によつてこれを認識せず、折から信号が自車にとつて進行信号であつたところから横断歩道上に進出する歩行者はないものと軽信し、漫然進行したため、訴外健二らを発見し危険を感じて急停車したが及ばず、これに衝突したものであるから、本件事故の発生がたとえ訴外健二の信号に反した行動にも基因するとしても被告勝山の過失がその一因となつていることは明らかであるといわなければならない。
2 してみると、被告会社が主張する自賠法第三条但書の規定による免責の抗弁は、その余の点について判断するまでもなくその理由があるとはいえないのである。
四、そこで、進んで損害の点について判断する。
1 訴外健二の得べかりし利益の喪失による損害
(証拠―省略)を総合すると、訴外健二は、前示死亡当時一二才で江東聾学校の小学部二年生であつたが本件事故に遭遇しなかつたならば、中学部を卒えた後高校又は三ケ年程度実務の訓練を受けて、遅くとも二三才からは社会に出て就職することが可能であつたこと、同訴外人は、高度の難聴であり、したがつて、会話能力も著しく劣つているが、身体は健康であつたから少くとも六〇才までの三七年間は労働可能と認められること、昭和三三年及び同三四年における比較的労働条件の低劣な五人以上三〇人未満の事業所の産業別常用労働者の毎月平均現金給与額は、金一六、六二七円であるから、同訴外人は、少くとも将来この程度の収入をうることができるものと認められ、したがつてその三七年間の総収入は、金七、三八二、三八八円であること、一方、昭和三〇年ないし同三四年における勤労者の平均一ケ月の支出は、世帯員が平均四、四一人で金二九、三七五円であるから、その一人当りの生活費は、一ケ月平均金六、六六一円(円以下四捨五入、以下同じ。)であり、三七年間では合計金二、九五七、四八四円であること、したがつて、同訴外人が二三才から将来三七年間に得べかりし純収入は、金四、四二四、九〇四円であるから、ホフマン式計算法によつて年五分の割合による中間利息を控除しても、その数額は、原告らが主張する金一、〇五四、八六三円を下るものでないことが認められ、この認定に反する証拠はない(なお原告らは、公租公課一五パーセントを控除すべきものとしているが、公租公課は、賠償額と関係がないと考えるからここに控除しない)。
原告らが、訴外健二の父母であることは、当事者間に争いがないから、原告らは、その地位において同訴外人の死亡により右の損害賠償請求権を各二分の一づつすなわち金五二七、四三二円づつ相続したものというべきである。
2 入院医療費及び葬儀費用
(証拠―省略)によると、原告らは、本件事故の発生によつて訴外健二の入院医療費として合計金一五、八六〇円、同じく葬儀費用として合計金七六、三四九円合計金九二、二〇九円の支出を余儀なくされて同額の損害を蒙つたことが認められ、この認定に反する証拠はない。
3 原告らの慰藉料
原告らが、訴外健二の父母であることは前示のとおりであり、父母がわが子の不慮の死によつて大きな精神的苦痛を蒙ることは当然のことである。本件においては、前示衝突事故の態様、訴外健二の年令、原告らの職業、収入その他本件に現われた一切の事情を考慮して、原告らが蒙つた精神的苦痛に対する慰藉料は、原告それぞれについて、金四〇万円づつをもつて相当であると認める。
五、被告らは、本件事故は、訴外健二の過失に起因するから損害賠償額を定めるについてこれを斟酌すべきである旨主張するが、同訴外人の聴力、会話能力及び年令は前示のとおりであり、その知能も、せいぜい小学二年生程度であつたことが(省略)証人の証言によつて認められるから、同訴外人が行為の責任を弁識するに足るべき知能を具えていなかつたことは明白であり、したがつて、被告らの過失相殺の主張は採用することができない。
六、原告らが本件事故の発生によつて自動車損害賠償責任保険金二四五、〇〇〇円を受領したことは当事者に争いがない。しかし、内金九二、二〇九円は、前示四の2掲記の入院医療費及び葬儀費用の支出による損害のてん補として支払われたものであることは前示(証拠―省略)によつて認められるから、原告らの前示四の1及び3掲記の各損害賠償請求権のうち保険金の受領によつて消滅する範囲は、残額金一五二、七九一円の二分の一の金額である金七六、三九五円の金額である。
そこで、被告ら各自に対し、前示四の1及び3掲記の各損害合計金九二七、四三二円から金七六、三九五円をそれぞれ控除した各金八五一、〇三七円の損害賠償と、それぞれこれに対する損害発生の日である昭和三四年八月二七日から完済に至るまでの民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める本訴請求は、正当であるから、全部これを認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条第九三条第一項但書、仮執行の宣言について同法第一九六条の各規定を適用して主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第二七部
裁判長裁判官 小 川 善 吉
裁判官 高 瀬 秀 雄
裁判官 羽 石 大